兄はADHD☆年の差兄弟子育て日記☆

7歳差の男の子兄弟の育児日記です。

4人部屋で母子同室が泣くほど嫌だった

個室はお高いので、

4人部屋にしました。

 

チャビ太を産んだ翌日から母子同室がはじまりました。

その病院でも4月1日から母子同室がはじまったので、なんかずーっとバタバタしてました。

 

はじめてなのに、母子同室、カーテン越しに知らない方々。

もうカオスです(笑)

 

そして、私、全然母乳が出ませんでした。

 

その病院は母乳推しだったので、

頑張れ頑張れと、ミルクはなかなかもらえませんでした。

 

今ではなんでやねんと言いたいのですが、

最初はもらえて加糖?シロップのようなものを20ミリ。

 

チャビ太、まぁまぁ大きく生まれて、

お腹もすいてすいて、ギャン泣き。

 

夜も泣くもので、

他の人に申し訳なくて、3日目の夜に私も号泣しました。

 

今になってみたら、

なぜそんな事でって思うのですが、

当時は泣き止まない息子をみて、

いちいち母親失格だと。

 

なぜか他の部屋の赤ちゃん達の鳴き声が聞こえないんです。

チャビ太の声がすんごい大きいような。

そんなことはないんですけど。

 

周りを気にして、全然余裕がなかったです。

 

のちに聞くと、

皆さん経産婦さんだったので、

私より余裕があった方ばかりだったんですよね。

 

他の赤ちゃん達も泣いてたそうです。

 

全然聞こえなかった気がしてたんですけど、

自分の子の事でいっぱいいっぱいだったんですね。

 

そして、

ご飯美味しくない(笑)

 

食器がね、プラスチックみたいな病院のやつで、

見た目がまず美味しそうじゃないんです。

 

朝の食パンが袋に入っていて、

保温器に入って暖かくしなしなになったやつが出てきて、

余計どんよりしました。

退院間近になって外にオーブントースターがあると知って1日だけ焼いたパンが食べられました。

 

でも、

先生や担当の助産師さんはいい人達でした。

 

はじめましてでしたけど、

担当の助産師さんは絶妙なタイミングで声かけしてくれるんです。

言葉のチョイスも素晴らしかったです。

 

担当先生も若い大人しい先生でしたけど、

子供が好きなのが伝わってくる、

優しい先生でした。

抱っこさせてーって何度か顔を見に来てくれました。

 

退院の日に1週間ぶりに外に出て、

桜が散りはじめていて、とてもいい天気で。

小さいけど、ずっしりしているチャビ太を抱っこして退院出来て、

私が育てていかないと。と責任感のようなものが出てきたのを覚えています。

 

実家に帰った時、

病院の近くを通ると、

ここで生まれたのよとチャビ太に話して、

しなしなになった食パンを思い出します。

 

今でもまだまだ悩む事がいっぱいですが、

あの入院生活を思い出すと、

なんだか頑張ろうと思えます。